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感動と勇気そして明日へのl希望

大阪朝鮮高校ラグビー部の活躍は本当に感動した。
2年連続準決勝進出の快挙もそうだが生徒たちの姿勢と素晴らしい「心」に
感銘を受けました。
学校、国籍、民族、そして生徒たちにとっては厳しい情勢、
その全てを乗り越え自らの手で一つ一つ勝利を勝ち取りたどり着いた花園
(花園は大阪朝鮮高級学校から歩いていける距離です)
だから関係者だけではなく多くの人たちが感銘を受けるのだと思います。

朝鮮新報、朝日新聞など各社が感動的な記事を書いている。
それを読んでいるだけで心が熱くなりました。
抜粋記事紹を介します

同胞勇気づけた朝高ラグビー [朝鮮新報]の記事

・・・
初戦でのアクシデントで試合に出場できなかったトライゲッターの権裕人選手は、「勝つことを信じて見ていた。やはりベスト4の壁は高かった。朝高での3年間、最高のチームメイトに囲まれて本当に楽しかった。後輩たちには、僕たちの借りを返してくれと伝えた」と笑顔で応えた。

全治7カ月の大怪我から復帰し、今大会の全試合で途中出場した主将の金寛泰選手(FW)は、「このチームでみんなとラグビーをできたことは、僕の財産。みんなを同志だと思っている」とチームメイトを称えながら、「今日も同胞たちの応援が力になった。春の選抜で準優勝できたのも、強豪たちに勝って大阪府の代表として『全国大会』準決勝まで進めたのも、同胞たちの応援があったから。見えない力が僕たちの背中を押してくれた」と感謝の言葉を述べた。

その後ろの席には、東大阪中級ラグビー部の金大揮さん(中3)がいた。金さんは金寛泰主将の弟だ。昨年4月に負傷し今大会でようやく復帰した兄のことを語ると涙が止まらない様子だ。

「3年生になってろくにラグビーをできなかった。兄が復活した姿を見て、僕もいつか必ず『全国』で優勝したいと思った」

・・・

一方、金主将のアボジ・金鍾河さん(46)は「生徒数も多い桐蔭学園高との対戦を通じ、朝鮮学校がすばらしい学校だということを改めて示せた」と語った。朝高生が大阪の代表として府民から「同じ大阪の仲間」という立場で声援を受けたことにも熱いものを感じたという。「朝高生はラグビーのために進学してきた生徒たちではない。民族教育のなかでラグビーを選んだ生徒たちだ。民族教育で育った生徒たちによるラグビーが、本当に大きな勇気を与えてくれた」。


大阪朝鮮、初の頂点再び持ち越し 高校ラグビー準決勝(朝日新聞 1/6)

(5日、全国高校ラグビー大会準決勝 大阪朝鮮10―21桐蔭学園)

朝鮮高級学校初の団体競技での全国制覇は、再び持ち越しとなった。近鉄花園ラグビー場(大阪府東大阪市)で5日にあった第90回全国高校ラグビー大会の準決勝。大阪朝鮮高級学校(同市)は、前回に続き、またも桐蔭学園(神奈川)に準決勝で敗れた。

 「ドンマイ! 落ち着け」。ゲームキャプテンとしてチームを引っ張った3年のCTB金勇輝(キム・ヨンヒ)君(17)の父、金衛(キム・ウィ)さん(47)=大阪市生野区=はこの日、バックスタンドで声を張り上げ続けた。1982年に同校を卒業したラグビー部OBだ。

 朝鮮学校が全国高校体育連盟主催など主な競技大会への出場を認められたのは94年。衛さんの時代は公式戦に出る機会さえなかった。学校から約1キロの「聖地・花園」は、遠い場所だった。

 「父さんの世代は社会に認められず、差別されたんや。正々堂々と全国の舞台で戦い、優勝してくれるのがおやじの夢や」。勇輝君はこの話を「たぶん母さんのおなかの中にいたころから聞いた」という。

 高校無償化問題などで朝鮮学校が揺れる中、保護者らからは「この活躍がなかったら明るくお正月も迎えられなかった」という声もあった。

 「僕らの姿で夢や希望を与えられるのかも、という使命感みたいなものも感じた」。プレッシャーも、在日同胞の期待とともに力に変えよう、とチーム内で繰り返した。

 試合後、勇輝君はほとんど涙を見せなかった。「相手が一枚上。全力は見せられた」。衛さんも「精いっぱい攻めた結果だ。元気をもらったから、私も仕事を頑張らないと」と笑った。


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http://blog.goo.ne.jp/gekkan-io/e/231ec9b8b23347ce08ef1a3ad485897b
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