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〈第33回在日朝鮮学生「コッソンイ」作文コンクールから〉

〈第33回在日朝鮮学生「コッソンイ」作文コンクールから〉

朝鮮新報に掲載された作品を紹介します。

第33回在日朝鮮学生「コッソンイ」作文コンクールから

中級部3年 作文部門 1等作品

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  ひと夏の経験



 蒸し暑いある夏の日、僕は先生に呼ばれた。

 「ヨンギ、さっき電話があって、千葉市のサッカーの先生から、今日の試合に出てくれないかと頼まれたんだが…」

 (僕が?! なぜ…)

 僕の不安を知ってか、先生は、「心配ないぞ。広い舞台で一度力を試してみてはどうだ? きっと良い経験になるだろう。気持ちを大きくもって、行ってみろ」と、僕の背中を押した。

 秋の中央大会を目指して僕らは猛練習の最中だった。そんな中、練習を抜けることに気が引けたし、何より日本人と一緒というのが嫌だった。何だか肌が合わないというか…。

 会場に着くと、そこではすでにたくさんのサッカー部員たちが夢中でボールを蹴っていた。

 ついに僕の出番がきた。

 (これは中央大会のための消化試合だ。だから頑張ろう! いや、それより僕のミスで日本人から何か言われるのは絶対嫌だ。だから朝鮮人らしく、いいところを見せなくちゃ!)

 僕は朝鮮人としてのプライドを胸にいつもより大きな声を出して試合に臨んだ。

 結果は0―0。相手は高校生だから、僕ら中学生連合チームがよく防いだことになる。

 僕が帰ろうとすると、「よくやったぜ! キーパー!」と誰か大声で励ましてくれた。

 見知らぬ僕に日本人生徒が声をかけたのだが、返事ができなかった。拒絶感が先立ってしまったのだ。

 監督は、「ヨンギ! 堂々と声を出してよく頑張った。うちのチームで一番大きな声を出して適切な指示をしていたのは君だ。君には素質がある。本当によくやった」と言った。

 (一生懸命やったけど、それは朝鮮人としてのプライドを見せつけるためだ。決してこのチームのためじゃないぞ…)

 監督のほめ言葉が有難かったけど、素直に受け入れられなくて何だか照れくさかった。

 その後、僕は中央大会に向けて汗を流し、練習に集中した。

 そんなある日。部活を終えて家に帰ると、オモニが笑顔で僕を迎えてくれた。

 「ヨンギ、あなたにうれしい知らせがあるのよ」

 「うれしい知らせ?」

 「前に参加した日本の試合を憶えている? あなたが千葉市の代表選手に選ばれたのよ。40人中の18人に!」

 「それ本当?」

 「ええ。こういう機会は二度とない貴重な経験になるはずよ。日本人とプレイする良い機会を逃さず、堂々とサッカーをすることをオモニは望んでいるわ」

 瞬間、頭の中をよぎったのは、日本人生徒ではなく、一生懸命ボールを追いかけシュートを防ぐ自分の姿、そして朝鮮学校のトンムたちの姿だった。それでかすぐに返事ができなかった。でも、僕の背中を押してくれるオモニ、先生の気持ちを考えて、すんなり従うことにした。

 複雑な気持ちを抱いて参加した静岡大会。

 「キーパー2人は6試合中3試合ずつ出場する。二人とも精一杯やってみろ」

 (僕は千葉初中のキーパー、チョ・ヨンギだ。ウリハッキョとトンムたちの期待に添えるよう頑張らなきゃ。僕の失敗はウリハッキョのイメージにもなるのだから」

 激しい攻防戦が続く中、僕はミスをしでかした。1点入れられたのだ。

 (大変だ。僕のせいで。日本人生徒が僕を見て何と言うだろうか…)

 失点より、彼らが自分をどう見て接するかという恐れが先立ち、体が固まっていくようだった。

 「大丈夫! 1点奪われたら、次は僕らが入れればいい。君はよくやった。僕らを信じてゴールを守ってくれ。君の大声が僕らには励みになる。これからも頼んだぞ」

 彼らが明るく僕の肩をポンとたたいて走っていった。僕は頭を殴られたような気がした。

 (何を心配していたんだろう。僕は他人に自分がどう見られるかばかり気にして、彼らを信じられなかった。周りは僕を朝鮮人や、よそ者として、色眼鏡をかけて見ていた訳ではなかったんだ! 世の中のすべての日本人が、僕らに対して理解がなく、理由もなく嫌っている訳ではなかったんだ! サッカーの世界には差別がないんだ!)

 たった二言三言の言葉が僕の心を動かした。それからの僕は確実に変わった。日本人生徒たちに自然に指示を出す自分がいた。何の気兼ねもなく、安心してできるサッカーがこれほど楽しいことを初めて味わったみたいだった。結局試合は0―1で負けた。

 それでも僕の心はとてもさわやかだった。本当に、あまりにも僕の考えが足りなかったと反省した。「高校無償化」問題について新聞や雑誌が伝える内容を見て、僕は日本人が信じられなくなっていた。先日、ビラ配りをしていた時、僕らに言いがかりをつける人を見て、僕は日本人すべてがそういう人なのだと考えてしまっていた。

 試合を終えて帰ろうとしていたところ、ある監督が僕を呼び止めた。

 「ヨンギ君、今日の試合はよく頑張ったね。私は○○○○で監督をしているが、高校から私たちと一緒にサッカーをやらないか?」

 「え?」

 思わず声が上ずった。あまりに驚き、同時にうれしさが込み上げた。

 (有名な学校で思う存分サッカーができたらどんなに良いだろう? 日本の学校なら親にかける負担も減るだろうし…)

 しかし、次の瞬間、頭の中をウリハッキョのトンムたちと先生、両親の顔がよぎった。気持ちが揺れた。鼓動がはやくなった。いろんな考えが頭の中を巡りめぐった。僕はもう一度じっくり考えてみた。

 (この瞬間の喜びだけで人生の判断を下しても良いのか…。そこでサッカーを思う存分できると言っても、それから先、僕は日本人生徒と一緒に生きていくのか? 日本人も良い。でも、僕は朝鮮人だ。この場に送ってくれた先生、アボジ、オモニ、トンムたちはどんな気持ちで僕を送ってくれただろう? 9年間トンムたちと築き上げた友情ときずな、喜びと苦労を何に比べられようか?)

 僕の返事は一つだった。

 「先生! 僕は朝鮮人で、名前はチョ・ヨンギです。日本の学校も良いけど、僕にはウリハッキョ、朝鮮学校の友達が大事です! 僕は東京朝鮮中高級学校に行きます。ありがとうございました!」

 それが率直な僕の気持ちだった。後悔は一つもなかった。

 僕は確かに感じた。僕は朝鮮人で、これから日本の社会で日本の人々と差別のない社会をつくるためどう暮らしていかなくてはならないか、その答えを僕たちが探さなければならないのだと!

 二度とできない貴重な経験をしたこの夏。本当にたくさんのことを学び考えた今年の夏だった。

(千葉朝鮮初中級学校 趙基)

[朝鮮新報 2011.1.28]

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